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【アラベスク】  第3章 盲目Knight



第3節 Crazy or Crazy [13]




 狂っているのはわかっている。だが、もしこのことを誰かに話し、救いを求めたのならば………
 もし教師や他の生徒に知られたならば、すでに暴走し始めている蔦がどんな行動に出るか。狂い始めている蔦から美鶴を守るために、自分はどうすればいいのか――――っ!
 蔦が狂気に呑み込まれるように、聡もまた、焦りと苛立ちに追い込まれた。蔦の気持ちがわかるからこそ、蔦を止める術は他にはないのだと、確信できる。
「君の気持ちはよくわかる」
 ひどく落ち着いた声。
「君がどれほど大迫美鶴を想っているか、俺には痛いほどよくわかる。だからこそ君を誘った。君の恋心を利用した。卑劣な手だとは理解している」
 だが………
「それでも構わない」

 本当に好きだから―――

「どんな手を使ってでも、君を従わせる」


「いい加減にしろっ!」

 広々とした体育館に響き渡る大声。二人とも、弾かれたように身を震わせる。
「どういうことかと来てみれば―――っ」
「ツ…… ツバサっ」
 寸刻前の狂気など嘘のように、激しく狼狽(うろた)える蔦。彼へ向かって、ズンズンと突き進む長身の少女。
「どうしてここに……… いつから………」
 しどろもどろ紡ぎだす言葉も完全無視で、蔦の目の前まで迫り寄る。そうして、無言で右手を振り被った。

 バシッ―――っ!

 うわっ! 痛いっ!
 美鶴は己のことのように、思わず肩を竦める。
 ()(ぱた)かれた蔦は、吹っ飛びすらしなかったものの、首を思いっきり捻って足元をフラつかせる。
「いっ……」
 叩かれた頬を押さえて、呆然と相手を見上げる。
「……………」
 振り切った右手もそのままに、ギリギリと唇を噛みながら蔦を睨みつける。
「お前………」
 ―――――っ!
 自分より背の低い蔦の両肩を鷲掴み、ガクガクと身体を揺さぶる。
「何やってんのよっ」
「ツバサ……」
「嘘でしょ? ねぇ 嘘でしょっ!」
 吐き出すように怒鳴る少女。短い髪を振り乱し、蔦の身体をガクガクを揺する。
「女襲ったなんてっ 嘘でしょっっ!」
「ツ……」
 されるがままに揺らされていた蔦が、ようやく涼木の両手を掴む。
「だってお前っ! 女どもにあんなこと言われてっ――」
「それがなんだって言うのよっっっ!!」
 蔦の言葉がスイッチになったのか。涼木の双眸から涙が溢れる。堰を切ったように……とは、まさにこのことを言うのだろう。
「俺、ツバサがバカにされてるのが我慢できなくて、お前だって嫌な思いして――」
「だったら、何やってもいいってワケっっ!」
 再び激しい音がして、今度こそ蔦は吹っ飛んだ。
「何やってもいいのかよっ! お前っ これっ 犯罪だぞっ!」
 ガックリと膝を付き、床に転がる蔦を見下ろす。その胸を拳でドカドカと殴りつける。
「おいっ 涼木っ」
 さすがに見過ごすこともできず、聡が慌てて駆け寄る。
「やめろって」
「うるさいっ!」
 止めようとする聡の両手を振り払い、蔦の胸倉を掴んで締め上げる。
「お前が、こんな………」
 溢れる涙で、何も見えない。
「ウソだ」
 涼木は、蔦が好きだ。蔦が涼木を想うのと同じくらい、涼木も蔦を想う。
「ウソだろ?」
 誰よりも想う蔦がこんな……… 誰よりも想ってくれるからこそ、こんな………
 涙よりも一層溢れる想いが頭の中を駆け巡り、言葉を堰き止める。
「コウ……… 嘘だろ? 冗談だよな? ね? そうでしょ?」


 冗談だよ。

 そう言って涼木を安堵させてやることが、蔦にはできない。


 何も言えない。何を言えばいいのか、わからない。
 さきほどまでの激しさなど、それこそ嘘であるかのように(ほう)けた瞳。(すが)るような涼木の瞳が、蔦の胸を締め付ける。
「嘘だよな?」
 だが、何も言えない。
 ―――――っ!
 涼木は、何も答えない蔦を床に叩きつけると、激しく床に突っ伏した。そうしてそのまま、慟哭した。







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