狂っているのはわかっている。だが、もしこのことを誰かに話し、救いを求めたのならば………
もし教師や他の生徒に知られたならば、すでに暴走し始めている蔦がどんな行動に出るか。狂い始めている蔦から美鶴を守るために、自分はどうすればいいのか――――っ!
蔦が狂気に呑み込まれるように、聡もまた、焦りと苛立ちに追い込まれた。蔦の気持ちがわかるからこそ、蔦を止める術は他にはないのだと、確信できる。
「君の気持ちはよくわかる」
ひどく落ち着いた声。
「君がどれほど大迫美鶴を想っているか、俺には痛いほどよくわかる。だからこそ君を誘った。君の恋心を利用した。卑劣な手だとは理解している」
だが………
「それでも構わない」
本当に好きだから―――
「どんな手を使ってでも、君を従わせる」
「いい加減にしろっ!」
広々とした体育館に響き渡る大声。二人とも、弾かれたように身を震わせる。
「どういうことかと来てみれば―――っ」
「ツ…… ツバサっ」
寸刻前の狂気など嘘のように、激しく狼狽える蔦。彼へ向かって、ズンズンと突き進む長身の少女。
「どうしてここに……… いつから………」
しどろもどろ紡ぎだす言葉も完全無視で、蔦の目の前まで迫り寄る。そうして、無言で右手を振り被った。
バシッ―――っ!
うわっ! 痛いっ!
美鶴は己のことのように、思わず肩を竦める。
引っ叩かれた蔦は、吹っ飛びすらしなかったものの、首を思いっきり捻って足元をフラつかせる。
「いっ……」
叩かれた頬を押さえて、呆然と相手を見上げる。
「……………」
振り切った右手もそのままに、ギリギリと唇を噛みながら蔦を睨みつける。
「お前………」
―――――っ!
自分より背の低い蔦の両肩を鷲掴み、ガクガクと身体を揺さぶる。
「何やってんのよっ」
「ツバサ……」
「嘘でしょ? ねぇ 嘘でしょっ!」
吐き出すように怒鳴る少女。短い髪を振り乱し、蔦の身体をガクガクを揺する。
「女襲ったなんてっ 嘘でしょっっ!」
「ツ……」
されるがままに揺らされていた蔦が、ようやく涼木の両手を掴む。
「だってお前っ! 女どもにあんなこと言われてっ――」
「それがなんだって言うのよっっっ!!」
蔦の言葉がスイッチになったのか。涼木の双眸から涙が溢れる。堰を切ったように……とは、まさにこのことを言うのだろう。
「俺、ツバサがバカにされてるのが我慢できなくて、お前だって嫌な思いして――」
「だったら、何やってもいいってワケっっ!」
再び激しい音がして、今度こそ蔦は吹っ飛んだ。
「何やってもいいのかよっ! お前っ これっ 犯罪だぞっ!」
ガックリと膝を付き、床に転がる蔦を見下ろす。その胸を拳でドカドカと殴りつける。
「おいっ 涼木っ」
さすがに見過ごすこともできず、聡が慌てて駆け寄る。
「やめろって」
「うるさいっ!」
止めようとする聡の両手を振り払い、蔦の胸倉を掴んで締め上げる。
「お前が、こんな………」
溢れる涙で、何も見えない。
「ウソだ」
涼木は、蔦が好きだ。蔦が涼木を想うのと同じくらい、涼木も蔦を想う。
「ウソだろ?」
誰よりも想う蔦がこんな……… 誰よりも想ってくれるからこそ、こんな………
涙よりも一層溢れる想いが頭の中を駆け巡り、言葉を堰き止める。
「コウ……… 嘘だろ? 冗談だよな? ね? そうでしょ?」
冗談だよ。
そう言って涼木を安堵させてやることが、蔦にはできない。
何も言えない。何を言えばいいのか、わからない。
さきほどまでの激しさなど、それこそ嘘であるかのように呆けた瞳。縋るような涼木の瞳が、蔦の胸を締め付ける。
「嘘だよな?」
だが、何も言えない。
―――――っ!
涼木は、何も答えない蔦を床に叩きつけると、激しく床に突っ伏した。そうしてそのまま、慟哭した。
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